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ホストチェンジ

2007/08/15 Wed 23:08

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ホストチェンジ:       
ホストファミリーとの愛称が悪いといった事態が起こったとき、AFSに相談し、ホストファミリーを変更することができます。ホストチェンジは、留学生側の要求である場合・ホストファミリー側の要求である場合・AFSによる判断による場合があります。

ホストファミリーへの裏切り:
私が3ヶ月間仮配属されたホストファミリーはとても温かい家庭で、とてもよくしてくれました。しかし、3ヶ月が過ぎると当初の予定通り自動的にホストチェンジをしなければなりませんでした。
次に私が受け入れられたのはAFSのボランティアの家でした。事実上AFSはホストファミリーを見つけることができなかったわけです。後で聞いた話ですが、実は1つ目のホストファミリーはとても忙しく、家を留守にすることが多いので、“一ヶ月”だけ受け入れるというAFSとの約束のもとで私を受け入れてくれたというのです。AFSは私と私の両親に仮配属は“3ヶ月”だといいました。つまり、AFSは私と、私のことを心配している日本の家族、そしてホストファミリーを騙していたのです。
ホストファミリーは何度もAFSに連絡し、「1ヶ月の約束で受け入れたのに約束をオーバーされては困る」と訴えたそうです。しかし、AFSは私と私の両親に3ヶ月と言った手前、1ヶ月でホストを変えるわけにはいかず、ホストファミリーの訴えを2ヶ月の間無視し続けました。結局、AFSはホストファミリーの善意を踏みにじり、「お前たちが見放したらこの留学生は行く当てがないのだぞ」とばかりに脅し、仮配属は3ヶ月と信じていた私と日本の私の家族を騙しきったのです。
もし、このホストファミリーが本当のことを話してくれなかったら、この事実は明るみには出なかったでしょう。
そして日本のAFSは、日本にいる私の両親に「仮配属のホストファミリーはAFSに反抗的で、あなたの子供を早く手放したがっているようです。」といった内容のFAXを送りつけていたのです。

ホストチェンジは簡単に:
新しいホストファミリー(AFSのボランティアの家)は決して住み心地が良いものではありませんでした。言葉では言いませんが、そもそも私のことを歓迎していないことがヒシヒシと伝わってきました。しかし、そんな中でも、「ホストチェンジは二度としたくない」という気持が私の中には強くありました。それだけ、私にとってホストチェンジはつらいものでした。そんな私の気持とは裏腹に、次のホストチェンジは簡単に行われてしまいました。
当時私には3歳年下の友達がおり、遊んだり、家に泊まりにいったりしていました。2番目のホストマザー(AFSのボランティア)は彼のことを良く思っていなかったようで、彼のところに遊びに行くことも制限されたりしていたのですが、ある日、「彼の家に移りなさい」と言われました。私は「嫌だ、もう移動するのはいやだ。」と泣きながら頼みましたが、結局2度目のホストチェンジを迎えることとなったのです。




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日本に帰れ

2007/08/13 Mon 22:01

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禁じられたホストチェンジ:
ホストペアレンツの関係、ホストファミリーを取り巻く人たちの問題、ホストブラザーからの嫌がらせなど…ここまで条件が悪いと誰の目から見てもホストチェンジするしかなかったはずです。もし、私をそのホストに派遣する前にそれらの事情をAFSが把握していたら、私を派遣したでしょうか?
それでも派遣したというのならば、それは許されないことだと思います。私は、そのホストファミリーでは毎日不安ばかりで勉強どころではありませんでしたし、人格さえも変化してしまいそうでした。留学は色々な経験をするいい機会だと言いますが、度を越えていたと思います。
しかし、そんな私の訴えに対してAFSが出した答えは「ホストチェンジはさせない。」というものでした。あとでホストブラザーに聞いた話では、AFSが私をそのホストに派遣したとき、AFSは「この留学生はもうホストチェンジすることはない。次に移動したいと言ったら、行き先は日本だ。」と言ったそうです。
その後、私は何度もAFSに頼み、日本にいる両親にも相談し、日本のAFSにも両親を通じて相談しましたが、結局答えは「ホストチェンジは何が何でもさせない」と言うものでした。

信じられない環境:
そんな中、私の周りである不幸が訪れました。
ホストファーザーが事故で亡くなったのです。
私は自分の不運さをうらみました。
ホストの中でもホストファーザーは私に対してやさしく接してくれていたので、とても悲しい出来事でしたが、
「私に残された道はもうホストチェンジしかない。さすがのAFSも今度ばかりはホストチェンジを認めるだろう。」という希望もありました。
AFSは、留学生のホストファーザーがなくたったのいうのに、私に何の連絡もしてきません。私の相談相手のはずのサポートパーソンも電話一本よこしません。
私は私のほうからAFSに電話をかけました。
こんな状況でも彼らは相変わらず、私の電話になかなか出ませんでした。
何度かかけてやっと繋がったと思ったら
彼らは慰めの言葉をかけるどころか
「ホストチェンジはしない。」
と冷ややかに言いました。
ホストマザーは無職。家系を支えていたホストファーザーは亡くなりました。それなのにどうやって生活ができるのでしょうか?
実はホストマザーは亡くなったホストファーザーの親戚達に金目当てで近づいたことを知られていた為、事実上追い出されるような形でとなりの州に住む彼女の母親の家に移り住む姿勢でした。
私はどうなるのでしょう?

その後やってきたサポートパーソンの口から出た言葉は、
「日本に帰る準備はできたか?」





この時期は悲しい気持ち、悔しい気持ちで
本当に頭がおかしくなりそうでした。

私は最初のホストチェンジをしてからも交流があった一番初めに3ヶ月間受け入れをしてくれた家のホストペアレンツに何度も相談し、日本の両親も強く訴えてくれたため、結局最初の家にもう一度引き取ってもらえることになりました。



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